熊被害対応防具の開発と製作 その3
熊被害対応防具の開発と製作 その3
2 防御力の補充と強化
2)積極的防護策として「鉾」相当の付加あるいは準備
ここで極めて有意義かつ参考となるのが北海道3人の消防士の事例です。
襲われた3人のうちの一人が持っていたわずか刃渡り5センチのナイフで反撃し攻撃を避けることができた例です。
日本では襲われた場合の対応策として、
逃げる、
死んだふりをする、
うつぶせになって首の上で両手を組むといったことが言われています。
しかし前述のとおり逃げてもそのスピードにはかなわないし、うつぶせになって抵抗の意思がないことを表明すればどうして襲われなくなるか全くわかりません。憲法9条を守れば外国に侵略されないという論法を聞かされているような気持になります。
人間の味を覚えている熊は執拗にその味を求めて攻撃を続けます。場合によってはその
保存を目的に動かなくなった生体を他所へ引きずることも散見されています。
体格的に明らかに優位に立つ動物も劣位にある動物の必死の反撃、威嚇に恐れをなして
その場を去ることは決して稀有なことではありません。野生動物の生態を映す映像でしばしば目にするところです。
先ほどの北海道の例では直前の(おそらく)逃げていた大学生は食肉され、そのあとの反
撃する消防士には抵抗にあって断念したということになります。
<反撃、威嚇の方法>
何もなければ仁王立ちになって手を伸ばし、大声を出すという方法もあります。登山道で向かってくるクマにそうして追撃を阻止した映像を見た方もいるでしょう。
本ブログは盾を用意するので、とりあえずは牙、爪による手、腕、顔面に対する攻撃は何とかしのげるでしょう(最低限傷は浅くできます)。
それ以上の防護策として「敵基地への攻撃」ということになるかもしれませんがより積極的に相手の戦意喪失を狙うものとして「鉾」相当に相当する金属製棒状物を用意します。
刃物類は、後述しますが事前に用意携帯する段階で法的問題も生じるので避けるのが
無難です。
次の写真の上二つはロープを通し、止める金具ですが安価、丈夫、長さがいろいろあるなど優れています(ホームセンター)。
最下段はキャンプ、テント用品でテントやタープのロープを地面に固定するペグです。
短いものなら盾裏面にカラビナなどで装着しておくことができるので、いざというとき探すという手間が省けます。
見た目もより平和的なものを、というのであれば長いドライバーという選択肢もあります。


3 きわめて有意義かつ参考となる事例
宮城県栗原市Tさん宅 ― 秋田犬とフロアジャッキによる反撃 ―
これまで述べてきたことを総合的にカバーするような記事です。
(2025.10.30 朝日新聞夕刊)
・10月19日午後11時30分 屋外で飼っている秋田犬が吠え始めた。
センサーによる警告音の発生と周囲への被害周知
・異変に気付いた娘が鳴き方がおかしいから見に行こうと父Tに呼びかける
秋田犬は体高60~70㎝、体重43K
巨体だが普段は穏やかな性格で人に吠えることはない。
盛んに吠えるだけでなく、攻撃されたときに発する鳴き声も聞こえてきた。
・Tは狸かなと思い玄関ドアを開けた。
すると玄関先に1.3mほどのクマがこちらを向いていて目が合った。
そしてTと娘にとびかかってきた。
・間一髪でドアを閉めることができた。
防護盾の機能発生
・しかしクマはドアにタックルし、ドアノブに手をかけ,がりがりと開けようとしている。
・Tはドアノブをしっかり握りしめ、家族に警察に通報するよう指示
・その外は静かになったが再び秋田犬の鳴く声が聞こえてきた。
・ドアを開けると熊はパニック状態で走り回っていた。
・Tは
「 おおー」と大声を出し
声による威嚇
玄関外に置いてあったフロアジャッキの50㎝ハンドル部分を向きとり手にしたところ
また熊が向かってきた。
・思い切り武器を振り下ろしたところ熊の右肩にあたり河川敷の方に走り去った。
棒状物による積極的防護
犬は口、前足の付け根、背中からに流血していたが命に別状はなかった。

続く
凶器準備集合罪
銃砲刀剣類所持等取締法
凶器携帯の罪(軽犯罪法第1条第2号)
■
緊急発表 熊被害対応防具の開発と製作 その1
②「アンポ」と「安全保障」
あれほど「アンポ粉砕!」と1億総反対の様相だったのがどうでしょう。
テレビに「高橋彬雄」「小泉悠」先生が出ると視聴率は大幅にアップするようです。
小泉悠の名がついていると本は売れ、出版社も、番組制作者も、大学同僚も他大学大学教授もみな彼と一緒の行動(講演、動画放映)をとりたがっています。
内容をわかりやすく説明できる真の専門家だし、声はよく通るし、話すスピードもテレ東の豊島キャスターのように早すぎないし、性格的にも他の人をやりこめるようなことがないしともっともだと思います。
ウクライナ戦争を契機として、「反対の対象,象徴:アンポ」から「ヒーロー:安全保障論」へ飛躍・昇格した模様です。
なんせ、かっては大蔵省職員も、大新聞記者も仕事が終わると国会前の集会に参加する人が少なくなかったそうです。それが
二日前の2022.11.6、日経新聞「私の履歴書」で清水建設宮本会長が1960年からの世の流れを簡単に語っていました。

「田園調布中に入学したのは1960年4月。
当時安保闘争で世情騒然としていたはずだが、中学生だった我々は影響を受けることはなかった。また、数年後の私の大学時代には70年の安保条約改定をにらんだ全共闘による大学紛争が吹き荒れ、一般学生の日常にも大きな影響を及ぼすのだが、そんな未来を知る由もなかった。」
それが時は流れ、過激派の少なくない内ゲバ殺人、連合赤軍の狂気的大量殺人事件等を経て日本の極左が事実上崩壊しました。
これに引き続いて、今やプーチンの行動によりマイルド左翼、漠然としたロシアびいきも大きく影響を受けているようです。
ロシアフレンドも少なくありませんでした。外務省ロシアスクール、維新一派はもちろん、もしかすると、安倍さんもそうだったのかも。草葉の陰でどう思っているのでしょうか。
安全保障 ①
このところ安全保障という言葉、文字を耳、目にしない日はありません。
かっては 「アンポ」「アンポ反対」ばかりだったのに。
それを耳で覚えた安倍元総理が幼児期,岸総理の前でアンポ反対と唱えていたのは有名なエピソードです。
安全保障を学問する、研究するなどもってのほか、大学アカデミズムに反するというのが世の主流でした。「安全保障」を唱える後ろには軍靴の音が引き続く、と言ったムードでした。
こういったこともあり、軍事面にも及ぶ安全保障に関してまともに研究する人は少なく自衛隊OBなど極めて限られていました。
今回のウクライナ侵攻に直面して、あれほどTVのワイドショウ、情報番組で隆盛を極めていたお笑い芸人では全く太刀打ちできないことが判明しました。芸人でないコメンテーターも、たとえば弁護士、新聞テレビの記者、NHK日曜政治討論に出ている大学政治学学者も然りです。
コロナ騒ぎの時は全国に余りある医師、研究者が専門家と称して朝から晩まで出まくり、ひんしゅくを買っていましたが、軍事侵攻に関してはまともに論及できる研究者絶対数が少なく、出てくる教授、研究者が限られても誰も異論をはさむ余地がないのが実際です。
有力大学で正規科目として具体的方法論を含んでの安全保障論を設けているところは圧倒的に少ないようですし、防災シェルターを準備している自治体も限りなくゼロでしょう。紙の平和憲法一本やりではなく平和憲法を実質化する研究や施設の充実を期待したいところです。
そもそも安全保障とは何かと言えば獲得した価値の維持,尊重にあると考えられます。獲得した価値の内容は西側、東側、その他で同じではないのは当然で、安全保障はこの点では無色中立なものです。
したがって安全保障を考えること自体を避けてきたあるいは危険視してきた従前の通説的日本的思考はどうみてもおかしいと言わざるをえません。
価値の中身として何を充当するかは次のステップです。私は個人の尊厳に究極の価値を置く民主主義原理にのっとったうえでの以下の立論に賛同します。
(日本の新たな『国家安全保障戦略』策定に資することを目的として、東京大学先端科学技術研究センター内に設置された創発戦略研究オープンラボ(ROLES)がまとめた提言からの引用)
「 また、認知領域の安全保障政策は、その拠って立つ根本的な価値を明確にする必要がある。安全保障とは「獲得した価値に対する脅威の不在」であると定義されるが、では日本が守るべき「獲得した価値」とは何か。言い換えると、我々が安全保障政策を行う意味とは何であるか。『国家安全保障戦略』はこの点を国民に問い、合意を得られるような根本的原理を提示するものでなければならない。提言3では、これを人権、法の支配、自由、民主主義の四つと位置付け、これらの価値観を維持・発展させるために必要な施策を提案した。」
戦術核より送電網棄損
ロシア・イラン連合によるウクライナの電力施設破壊が止まらない。
高橋彬雄さんの一言、分析に唸った。
予想外の効果に驚き、満足し続けて行くだろうとの趣旨。
確かにそのとおりだ。1発や2発戦術核を落としてもウク国のメンタルは日本人と違って強くたじろがない。
しかし電気が止まるとインターネットも、暖房も、工場も、兵器の修理もストップ。
蒸気、デイーゼル機関車と違って電動化された列車は全線ストップ。
系統電源は血管のようなもの。1っか所で大量出血すると全身が影響を受ける。
考えてみればよその国の話ではなかった。2019年、東日本、特に千葉県南部では台風で電柱、送電等が倒壊し、停電が月単位で続いてしまった。インターネットも中継アンテナのバッテリー切れで使えなくなっている。
このあたりよくよく考えないと。
原発や基地がそばにあると外国に狙われるから設置反対というのがこれまでのセクトの考えだったが、そんな単純なことではないことが分かった。
そこら辺に無数にある送電塔、変電所を破壊すれば国全体がストップしてしまう。これら施設の外壁の耐空爆性など無きに等しい。
膨大な数の関連施設を守ることは不可能。
インフラを破壊しても核の投下ほどの国際非難はないだろうし、攻撃側の誘惑度は強い。
「幸田 文全集」月報のこと
文学趣味が希薄な小生が何で幸田文(あや)の作品を読んだのかというとたまたま目にした作品「終焉」の一節に「素掘りの壕」「爆風」など空襲に関連する字句・事柄がかなり重きをなして書かれていたからである。
そして氏の文章を初めて読んで思った。
100年後、もしかして残るのは露伴より文さんかもと。
平安女流文学に連なるような平易な文章で、男性のような気どり・かっこつけがないのが読者に響く。
図書館開架だなを見ると、露伴の全集の長さが1.5mくらいだとすると文の全集も1mくらいの長さである。こういったものが残されているというのは、かなりの裏付け的読者層を抱えているということだと思う。
で、岩波の全集を手にしてみた。1巻は1994年12月発行となっている。
多くの人が同じ思いを持つと思うが全集についている「月報」という付録のような薄い冊子が面白い。書くのは大体名前で人を呼べるような人が多い。
1巻についている月報1の著者がまたまた興味深い人ばかり。斎藤茂太、高橋英夫、池内 紀の3人。
茂吉が文学の世界で「先生」とお呼びしたのは子規、伊藤佐千夫、鴎外、幸田露伴くらいとある。
・文芸評論家の高橋英夫は文学者、芸術家の家庭で父から娘へと才能が受け継がれる実例が多くみられるとして鴎外と森茉莉・小堀杏奴、上田万年と円地文子、朝倉文夫と朝倉摂・響子を挙げている。
(朝倉については私的にも感想がある。大学図書館には文夫が作った創立者の大きな像が閲覧室片隅に立っていたし、知人の小説の挿絵を摂さんが描いている。
朝倉摂なんてよっぽどの人でないと知らないと思っていたが、NHKテレビ日曜美術館で1時間かけて「舞台美術家・朝倉摂:封印されていた日本画 よみがえるた青春の日々」というのをやっていたから知る人ぞ知るの人なんだろう。)
2022.10.16再放送

・池内 紀さん(ドイツ文学者)が月報で書かれている内容は幸田露伴や文さんにとってあるいは全集にとって意味を感じられないレベル。
今、ときめいているロシア軍事研究者小泉 悠さんを東大先端研に招いた池内恵(さとし)教授の父親という点では本ブログにかろうじてつながる。












